働くことに思うこと

新大阪で起業した男の顚末まで

好き嫌いの無い人事はあまりに不公平

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あの子は社長のお気に入り。

上司はあの子にだけ甘い。

 

どの組織においても同じようなことがよくある。

 

待遇がよいと社長の愛人などと噂する下劣な精神の人間も多い。

 

さて、人事はルールに従って運営することが基本であるが、ルールに厳格なだけでは組織運営はできない。厳格さの中にも配慮の心を持たなければ公平と思っているだけで不公平になっていることはよくある。

 

例えば、毎日早めに出社し予期せぬ交通機関の遅延等で遅刻しないよう心がけている従業員と、常に数分前に慌てて出社する従業員の遅刻は同じ扱いでよいだろうか。

 

暴飲暴食やジャンクフードが主食で急な病欠ばかりの従業員と、そうでない従業員の欠勤は同じ扱いでよいだろうか。

 

既婚か独身か、子の有無や家族構成で不就労扱いを変えることは公平か。

 

喫煙者と非喫煙者の残業時間は同じ扱いでよいだろうか。

 

卑屈な人間と闊達な人間も同一労働であれば同一賃金か。

 

以上の例でも一様に同じ扱いをすることは公平と呼んでいいのだろうか。

  

労働関連法では労働時間や懲戒処分について厳しく定められているが反面、赦免や評価については経営の判断で全く問題ない。評価は当然として、多少の赦免も公平性のバランス維持には必要だと考える方が合理的だ。

 

組織とはいえ、個の集団である以上それぞれ事情があり、ルール違反の徹底処分はマネジメントの放棄ともいえる。やはり日ごろの行いを基準とした好き嫌いで人事行使することは必要なことだと思う。好き嫌いの無い公平な人事方法があるならば是非教えてほしい。

上司の顔色ばかり窺うヒラメ人間を嫌う人間は多いが、組織は指揮命令の上意下達で成り立っている。同族を除き労せず出世するものなどいない。上司の顔色を窺わず、自分で自由に仕事をしたいのなら組織に属さずその優れた能力を大いに奮って社会の役に立てばよい。労働契約ではなく業務委託に切り替えてほしいと会社に進言するのもアリだ。

嫌な上司に媚びへつらうことすらできない人間が、嫌な客やトラブルに対して毅然と対応できるかどうかも怪しいものだ。嫌な人間ともうまく付き合える人間を評価しないのならばそれも不公平なのだ。

 

 信賞必罰と赦免の使い方で従業員のモチベーションは大きく変わる。ルールに厳しいだけの下手なマネジメントでは優秀な社員の士気を下げるばかりで、現代の企業にとってはマイナスしかない。能力や経験は本人次第だが、モチベーションだけは組織運営に理由がある。

 

 だからと言って特定の人間ばかりを食事に連れて行ったり、労働時間外での付き合いによって客観性を失う(処分が甘くなる)ことはよくあることで、管理者と労働者が過度に親しく見えると余計な誤解を招くので注意したい。

 

つまり良きマネージャーとは、上手に好き嫌いのできる人物である。

不公平に不満ならば自身の信用を高めるしかない。我がを顧みず卑屈な人間は誰からの信用も得られず赦免されることもない。また信頼とは評価であり、評価のない者に重要な仕事は任せられない。信頼とは良き今の積み重ねの総量なのだ。

 

働く側も、自分にだけ厳しいとか、給与が低いとか、裁量を与えてもらえないと不平に思うときには、自分は信頼される人間であるか客観的に考える必要がある。信頼を得ている人物は総じて、他人に見えないところで工夫と苦労を重ねている。不平不満ばかりの卑屈人はどの組織においても必要とされることは無いので少なくともお金の文句だけは言ってはならない。そして簡単な仕事には安い報酬と相場は決まっている。

社会にかかわる以上は役に立つ人間であるほうが働く喜びも増す。人と比較せず自分の能力を磨き、信頼できうる人には人が集まり、仕事が集まり、いずれ富は集まるのが摂理。信頼のない人間には何も集まらないのも摂理。自分本位の公平を期待せず、信頼という好き嫌いで経済が回っていることも理解すれば、世の中は少しは働きやすく生きやすい。

 

RESUS社会保険労務士事務所

山田 雅人