働くことに思うこと

新大阪で起業した男の顚末まで

40万円の就業規則を見て思ったこと

私も経営者の端くれにつき、同じような端くれ経営者と無能を慰めあう機会がある。

半年ほど前にも大して親しくも無い零細企業(社員数3名)の自称人材関連という何をしているのかわからないジャングルのような事務所に毎日18時間滞在している完全にイッちゃってる社長と駅でばったり合った。常に事務所にいるはずのこの男がなぜ公共の場にいるのかと思ったら、マクドを買いに来たらしい。あーなるほどマクドを買いに来たのねご苦労さん。お前の町にはマクドも無いのか。いや、マクド食うためにわざわざ電車に乗るとはなかなかの準引きこもり。お前は本当に社長かと疑うが、たぶん社長だ。だって、3年ほど前は社長と呼ばれていたから。

さて、明らかに私より儲かっていないマクド食う社長が晩飯をおごってやるから一度事務所に来いということなので半年放置し続けたがアポをすっぽかされてあまりにも暇な休日ついでに狭い事務所を覗いてやることにした。

いつ来ても陰鬱な気分になるこの小さい格子窓の事務所。本当に事務所として契約できたのか。バブル期に謳歌した末〇興産を彷彿させる違法建築バリバリの狭く薄暗い刑務所のような事務所でぬるい麦茶を飲みながら、いたはずのいつも青白い顔の従業員が使っていた既に荷物置き場と化したデスクに座って話を聞いてみる。前にいた母子家庭の事務員の悪口、前にいた営業のおじさんの悪口、前にいた生意気な取引先の話。コイツは昔から自意識過剰で数年前に亡くなった偉い親父様の遺産でほとんど毎日株取引にいそしんでいることを自慢げに語るが、そんな話に辟易しながらも何とか晩飯にありつくための機嫌取りとして従業員の雇用の可能性を聞いてみる。お前のようなクソブラック思想の会社に誰も入社しないことを祈りながら。するとなんとも不思議なことをいう。

「せっかく就業規則に40万円も払ったんやからやっぱり雇用せなあかんわな」

なんと。こいつのようなクソブラック思想社長にもそんな立派な心構えがあったのかと感心したと同時に、今時零細企業に40万円も支払わせた魅力的な就業規則にメキメキと興味が湧いてくる。せっかくなので見せてもらうことに。

どこの中小企業にもある薄汚いグリーンのファイルに綴じられた決算報告書の横に並べられていた就業規則を伸びた爪で引き寄せる。爪が伸びていて気持ち悪い。かつて超大手メーカーの就業規則をチェックさせられたことがあるが、そういえばあれは200ページ以上あったろうか。これはホチキスで止めたものを50円の帯付きクリアファイルで挟んだだけの簡単なものだ。特に変わったところは無いが、なんだか薄い。ページは20ページほどか。まあよい、規則の値打ちは装丁ではなく中身なのだ。内心ドキドキするが冷静を装い拝見させていただく。私の作る就業規則の倍以上する就業規則とはどんなものか。

裏表紙には奇妙な手作りの社労士事務所の紙が糊付けされている。これはあのブラック事務所で有名だが元生命保険会社ですさまじい売り上げを上げていた無名だが有名なイケてる女がいる事務所だ。私も会合であったことがあるが確かにイケていた。口癖は、「やだ~すご~い」、「おもしろ~い」、「さすがです~」だ。私に言ったわけではない。隣のおじさまが機嫌をよくしていたのを拳を握り締めながら聞いていたので覚えているのだ。

そんなことはどうでもいいが、とりあえずは中古の軽自動車が買えるほどのこの薄っぺらいコンフィデンシャルに何が詰まっているのか。鞄に長年隠しておいた黒糖飴をこっそりと口に含み記憶力を強化する。飴を転がす余裕は緊張の現れ、すべての文章を記憶し、パクる決心を悟られないようにしなければならない。何故ならコイツはいつだってケチでいちいちカネの話をしてくるからだ。ケチで爪が長いのだから当然、10年以上恋人などいない。慢性的な睡眠不足を理由に実家にデリヘルを呼ぶ根性はあるが、女性をデートに誘う勇気はない。さあ拝見。

文書は一ページ見ればわかるというが、珍しく私にもよくわかった。

昇格(昇給)だけで降格(降給)の定めが無い。懲戒規程がモデル規則のまんま。当然無断欠勤の扱いが無い。病気による休業期間3年て長すぎ。バイトテロの規則も無い。正社員は賞与あるのにパートには賞与無い。まさかこれは典型的なダメダメ就業規則か。自作ならまだしも、まさか大枚をはたいてこれなら私なら突き返して尻を強く叩くレベルだ。腫れ上がらない程度に。しかし私も晩飯の手前がある。決して機嫌を損ねる発言をしてはいけない。

 

「さすが高いだけあって勉強になるわ」そう言おうと思った瞬間、

 

「それ作ってくれた担当の子、辞めちゃって~ん。ざんね~ん。」

 

そうか。この町にマクドは無いのか。この町で一番高い店つれてけ。爪切れ。

 

 (この話は70%がフィクションです)

 

resus.jp